ABMと購買グループ:会社の買い物はなぜ大人数で決まるのか
営業の話を聞いたあとの「上と相談します」。会社員なら言ったことも言われたこともある決まり文句だと思います。個人の買い物なら財布と相談すれば済むのに、会社の買い物はなぜあんなに大人数で決めるのか。BtoBマーケティングの世界では、この「大人数」を指す購買グループという言葉が主役級に扱われ始めていると聞いて、公開されている調査と発表をたどってみました。
会社の買い物には平均13人がかかわっており、売る側のマーケティングも、個人からこの「集団」へと軸足を移しつつあります。
会社の買い物には、平均13人がかかわっている
まず、buzzワードを疑う前に数字を見ます。調査会社Forresterが16,000人超の購買関係者を対象にした2024年の調査では、組織の購買決定に平均13人がかかわり、大半の購買が2つ以上の部門をまたいでいました※1。しかも購買の91%は、途中のどこかで停滞を経験しています※1。
集団化は進行中の変化でもあります。同社の2021年の調査によれば、4人を超える人数がかかわる購買は全体の63%で、2017年の47%から大きく増えました。購買の過程で発生するやり取りの回数も、平均17回から27回に増えています※2。
| 調査 | 数字 |
|---|---|
| 2021年調査 | 購買の63%に4人超が関与(2017年は47%)※2 |
| 2021年調査 | 購買のやり取りは平均17回から27回に増加※2 |
| 2024年調査 | 購買決定に平均13人が関与※1 |
| 2024年調査 | 購買の91%がどこかで停滞※1 |
「上と相談します」は社交辞令ではなく、統計的な実態でした。むしろ相談相手は「上」だけではなく、隣の部門にも情報システム部にも法務にも広がっている、というのが数字の示す風景です。
ABMという発想:市場を「会社単位」で考える
売る側は、この集団戦にどう向き合ってきたのか。ひとつの答えが、2003年に生まれたABM(Account-Based Marketing)です。米国の業界団体ITSMAがこの言葉を作ったことは、2017年のプレスリリースにも「ITSMA coined the term “Account-Based Marketing” in 2003」と明記されています※3。
考え方はシンプルで、不特定多数に広く売り込むのではなく、狙いを定めた企業(アカウント)をそれぞれ「ひとつの市場」とみなし、その会社の事情に合わせてマーケティングと営業が一体でアプローチする、というものです。個人ではなく会社を単位にした時点で、ABMは最初から「買い手は集団だ」という前提を織り込んでいたことになります。
なぜ今さら「購買グループ」なのか:リードという単位の限界
会社単位のABMがあるなら、購買グループという言葉はなぜ必要なのか。ここが今回いちばん面白かったところです。
Forresterのアナリストは2021年の記事で、BtoBマーケティングが個人単位に偏った経緯をこう説明しています。2000年代にマーケティングオートメーションが登場したとき、業界は「リード」、つまり資料請求やセミナー登録をした個人を追いかけることに夢中になってしまった※4。その結果、同じ会社から複数の人が別々に情報収集しているという、案件の存在を示すいちばん重要な兆候を、ばらばらの個人としてしか見られなくなったといいます※4。営業側の回答者の94%は「3人以上のグループに売っている」のに、です※4。
つまり購買グループは、会社全体(アカウント)と個人(リード)の中間にある単位です。「あの会社」でも「あの人」でもなく、「あの会社の中で、いまこの検討をしている数人のかたまり」。買い手の実態は昔から集団だったのに、売る側の道具と言葉がようやく追いついてきた、という話のようです。
日本には「稟議」という先輩がいた
ここまで調べて、既視感がありました。集団で検討し、複数の部門が判をつき、途中で止まる。日本の会社員がよく知っている、あれです。
稟議制は、末端の職員が起案した文書(稟議書)を関係者に順次回して判を求め、最後に決裁者の承認に至る、明治以来の日本の意思決定方式です※5。日本大百科全書は、末端にも参加意識を持たせ決定後の異議を防ぐ効果がある一方、能率の低下・責任の分散・指導力の不足という問題を挙げ、「無責任の体系」という手厳しい評まで紹介しています※5。
欧米のマーケティング業界が調査を重ねて「発見」した集団購買を、日本は100年以上前から制度として運用していたわけです。購買の91%が停滞するというForresterの数字※1と、稟議への「能率の低下」という批判※5が重なって見えるのも興味深いところです。ただし、購買グループは検討の実働メンバーを指し、稟議は承認の手続きを指すので、同じものではありません。似て非なる親戚、くらいの整理が正確だと思います。これは筆者の対比であって、両者を直接比較した研究は今回見つけていません。
調べても分からなかったこと
- 購買グループの「人数」は、調査や切り口によって幅があります(4人超が63%、平均13人など)。どこまでを「かかわった人」に数えるかの定義が調査ごとに違うためとみられますが、業界で統一された定義は見つけられませんでした。
- 購買グループの話題でよく引用されるGartnerの「6〜10人」という数字は、公式ページへのアクセスが制限されており原典を確認できなかったため、本記事では使いませんでした。
まとめ:「上と相談します」の正体
会社の買い物が大人数で決まるのは、気のせいでも日本特有の文化でもなく、世界共通の統計的事実でした。平均13人、2部門以上、やり取り27回※1※2。ABMはそれを会社単位で捉える発想として2003年に生まれ※3、検討の実働部隊を捉え直す購買グループという単位が、リード中心に偏った20年への反省として広がりつつあります※4。そして日本には、集団決定を制度化した稟議という長い先行事例がありました※5。
次に「上と相談します」と言うとき、あなたはすでに統計上の13人のひとり、購買グループの一員です。そう思うと、あの決まり文句も少しだけ違って聞こえてきます。
参考文献・出典
※1 : 「The State Of Business Buying: Companies Still Struggle To Meet Buyer Expectations」 |Forrester https://www.forrester.com/blogs/state-of-business-buying-2024/
※2 : 「Three Seismic Shifts In Buying Behavior From Forrester’s 2021 B2B Buying Study」 |Forrester https://www.forrester.com/blogs/three-seismic-shifts-in-buying-behavior-from-forresters-2021-b2b-buying-survey/
※3 : 「ITSMA and Demandbase Partner to Advance Account-Based Marketing」 |PR Newswire(Demandbaseプレスリリース) https://www.prnewswire.com/news-releases/itsma-and-demandbase-partner-to-advance-account-based-marketing-300514501.html
※4 : 「Your Buyer Is A Group, Not A Person. What Are You Doing About It?」 |Forrester https://www.forrester.com/blogs/your-buyer-is-a-group-not-a-person-what-are-you-doing-about-it/
※5 : 「稟議制(りんぎせい)とは? 意味や使い方」 |コトバンク https://kotobank.jp/word/%E7%A8%9F%E8%AD%B0%E5%88%B6-878224
よくある質問
ABM(アカウントベースドマーケティング)とは何ですか?
狙いを定めた企業(アカウント)をひとつの市場とみなし、マーケティングと営業が連携してその企業に合わせた個別のアプローチをする手法です。2003年に米国の業界団体ITSMAがこの言葉を作りました。
購買グループとは何ですか?
BtoBの購買検討にかかわる社内の複数人の集団を指します。Forresterの2024年調査では、組織の購買決定に平均13人が関与し、大半の購買が2部門以上にまたがるとされています。
なぜリード(個人)単位のマーケティングでは足りないのですか?
会社の購買は集団で決まるためです。個人単位で追跡すると、同じ会社から複数人が情報収集しているという購買の兆候をばらばらのリードとして見てしまい、案件の全体像を見落とすとForresterは指摘しています。